堅塩媛 大使の叔母 大伴皇女

大伴皇女は欽明天皇と堅塩媛(蘇我稲目の娘)の皇女で古事記には大伴王と記されています

兄弟には推古天皇、用明天皇がいますしたがって大伴皇女は聖徳太子の叔母さんという事になります

この墳墓は平安時代に書かれた延喜式には「大伴皇女押坂内墓」とされ現在、宮内庁で管理されています 

調査されていないのでその実態はわかりませんが、大正年間に測量調査が行われています

「三方山囲み」の南面する地勢に造られている単独墳で立地からみると終末期古墳の可能性があります

この古墳については実態が全くわからなかったのですが戦前の「磯城」という書物に数行だけですが大伴皇女墓は奥室を持つ古墳として伝承されているとの記事があります

『桜井市史』では元々先に大伴皇女墓があり、後に舒明陵がつくられたという仮説が記載されている

長方形状の墓域内に円墳が確認できます

2枚の天井石をもつ横穴式石室を持つ事が判明

 

陵墓のため立ち入ることはできませんが、木々が少ないため柵の外からでも観察しやすいです

 

 

 

立派な御霊所です