蛇行剣 タイムカプセル 4世紀から
矢印に導かれて丸山一周
2024年2月6日、富雄丸山古墳で高野槙の丸太をくり抜いて作られた、幅は70cmほど、長さは5.3m超の「木棺」が発掘されました
普段腐って残らない木棺が発掘されることは極めて珍しく、奇跡的と言われている
出土したのは、割竹形木棺で築造時に近い状態でした
割竹形木棺は、丸太を縦に二つ割りにして中を刳り抜き、棺身と棺蓋を造り合わせて長大な円筒形の棺
造出し上段の確認を行ったところ、長さ約7.4m、幅約3m、深さ約1m の長方形を呈する墓坑内で長さ約6.4m、幅約1.2m の粘土槨
造出し上面の礫敷を埋めた面から墓坑が掘り込まれており、墓坑を埋めた後に円丘部2段目斜面を完成させています
築造当初は計画されていなかったものの、古墳が完成するまでの間に埋葬施設を作るよう計画変更が行われたとみられます
棺身は、墓坑底を⼀段深く掘りくぼめた部分に設置されているとみられ、棺蓋をのせる位置の約30 cm外側の範囲を粘土と砂で薄く整地しています
棺身は、墓坑底を⼀段深く掘りくぼめた部分に設置されているとみられ、棺蓋をのせる位置の約30 cm外側の範囲を粘土と砂で薄く整地しています
鼉龍文盾形銅鏡は長さ約64 cm、幅約31 cmで蒲鉾状に棺蓋を覆う被覆粘土の形状に合わせ斜めに立てかけられていました
背面中央に鈕があり、その上下には倭鏡に認められる鼉龍鏡の図像文様が確認できます
ほかにも鋸歯文を中心とする文様があり、類例のない銅鏡です
表面が平滑に研磨されており、倭鏡工人が製作したとみられます
鼉龍文盾形銅鏡をブロック状の粘土で埋めてその上に水平面を作り出し、長さ約267 cmの蛇行剣が副葬されていました
日本最大の鉄剣でもあり、蛇行剣としては最古例です
2段目斜面との接続部に湧水施設形埴輪を設置していました
高まりの北東側は溝で区画されており、さらに北東側になんらかの遺構が広がっているとみられます
ミニチュア高杯が4点以上出土しており、これらを用いた祭祀空間であったと考えられます
富雄丸山2・3号墳は前方後円墳である可能性が高まっています

















