元春日 おおみけつひこ 後裔

御祭神

大御食津彦大神(おおみけつひこのおおかみ)

大御食津姫大神(おおみけつひめのおおかみ)

御食津彦命は天児屋根命の後裔、大御食津姫命は豊受大神に同じとし、本殿2棟に各1柱が祀られる

ただし天児屋命後裔の御食津臣命(大御食津彦大神)の妻御食津比売命(大御食津姫大神)は、『諸系譜』第六冊では天津日子根命の後裔とされている

本殿2棟の間には春日辺神を祀る末社の天川神社が鎮座する

社伝では天平宝字年間に藤原氏によって再建された際に、藤原氏の氏神である天児屋根命が分祀され、摂社として社が建立された

それが宝亀年間(770-781)に枚岡神社に、次いで春日大社にに遷座したとして、当社を「元春日」と位置づけている

しかし考証上では、中世頃以降に春日社家の大東家が恩智社家になったことで生じた伝承になるとされる

明治維新後に近代社格制度において郷社に列し、大正元年に府社に昇格

明治の神仏分離では神宮寺の天川山神宮寺っ感応院が分離され、明治4年に恩智神社境内の観音堂が感応院境内に移されている

明治時代までは春日大社の猿楽は当社が受け持っていた

恩智惣池へ向かう道

散り積もった落ち葉