人生は 山坂多し 修験道

世界遺産登録「富山平見道」押印所

石畳道

巡礼者のために地域の人達が石を敷設した

サンゴが組み込まれている箇所がある

熊野三山を目指す巡礼者たちが歩いた

六十六部と呼ばれた回国者(法華経を66部写経し日本全国を巡って66の国々の寺社に納経する修行者)も歩いた

三十三度行者(西国33所巡礼行者)も歩いた

巡礼者を見守り続けた森の主

天下泰平御祈願大峯入りの修業を終えた醍醐寺・三宝院門跡らも歩いた

堀切道

六十六部回国者北陸3県では、能登国(石動山伊須流岐神社)、加賀国(白山比咩神社)、若狭国(一宮若狭彦神社)、越前国(平泉寺白山神社)、越中国(立山雄山神社)

66か国全てに設置されていた国分尼寺が「法華滅罪之寺」と称されて法華経を奉じていたとも

恐らくは法華経の書写による作善と廻国の苦行によって滅罪の功徳を得るための行動であったと考えられている

坂道を登りつめると1軒の家屋があった