熊野巡り 六辺路一つ 大辺路

田辺市北新町にある道標(北新町道標)

中辺路と大辺路の合流点「道分け石」

紀伊路14回で踏破(あと4回)

大辺路(120km)は9回予定

田辺から那智勝浦を結ぶ海辺の道

他の熊野古道のルートと同じく、途上に厳しい峠道が控えており、富田坂(とんだざか)、仏坂、長井坂などが知られている

これらの峠道は、近代以降の市街化や道路開発を免れた部分が残されており、旧状が比較的よく保たれている

しかし、こうした部分はむしろ例外で、大半の道は市街地や国道に吸収されており、遺されているのは沿道の寺社や碑柱のような遺構が主である

安居の渡し

難路であったことから、里道を利用したり、海路を経たり、河畔を歩いたりと、代替ルートや派生ルートが多く用いられた

連なる山々を背に、前面に枯木灘、や熊野灘の変化に富む海を望んで、優れた景観を目にすることが出来ることは大辺路の大きな魅力

橋杭岩

特に近世の文人墨客の中には、参詣の復路に大辺路をたどった人々がおり、彼らの旅行記を通して、大辺路の往時の姿を知ることが出来る

大辺路は熊野古道のなかでも比較的新しいルートであると考えられている

補陀洛寺(中辺路と合流点)

江戸時代には紀州藩により一里塚が築造され官道として利用された

終点「那智大社」

熊野詣に代わって伊勢詣、西国三十三所巡礼が盛んになった近世においては、特に立ち寄るべき霊場や聖地があるわけではない大辺路の利用は、参詣の帰路として利用された

写真はネットからお借りしました