南惣 天領庄屋 惣右衛門

「南惣(なんそう)」はかつての奧能登大野村の天領庄屋でした

歴代当主が惣右衛門、または宗右衛門と名乗ったことから南惣と呼ばれてきました

南惣家は、鎌倉期以前より今日まで続いています 

大分傾いています。支柱を入れていますが大雪になると持つだろうか

南惣は、地主としてアテの木(能登ヒバ)を産出する山林を所有していましたので、徳川幕府の天領として、地の利を得ることが出来ました 

南惣の田畑、山林は、米、材木、木炭を多く産し、山林から出る間伐材は燃料として、製塩や製茶、養蚕も手掛けてきました 

南惣はそれらの産物を、天然の良港である曽々木、名舟、輪島の港から北前船に積んで商い、越中越後の米、会津蝋、小麦などを商っていました

大川砂丘

大川浜

白崎方向

長さ1500m、奥行き400mほどの砂浜で奥能登最大の自然砂丘

1月4日に海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」から、ホーバークラフト型揚陸艇(LCAC)2隻が上陸して重機などが搬入された

ハマナス群落や、ハマウツボ、ネコノシタ、ナミキソウ、内陸側にイヌハギ、アキグミ、ヒメヤブラン、イソスミレが自生する

砂丘の背後にはクロマツやアカシヤの防風植林地があり、ヒバリなど渡り鳥が集まる