国宝の 船王後墓誌 銅板に
河内国分寺跡から出土した瓦
河内国分寺跡から出土した鬼瓦
記されていた文字
亀井遺跡「和同開珎」
国宝「船王後墓誌」
船氏(ふねうじ)は河内国丹比郡野中郷(藤井寺市・羽曳野市)を本拠地としたとされる渡来系氏族
欽明天皇14年(553年)に王辰爾が船の税を数え記録したことで氏名を賜ったという
辛丑年(641)に没し、戊辰年(天智天皇年(668))に妻の安理故能刀自と共に松岳山上に埋葬され、墓は大兄の刀羅古の墓と並べて作られたとす
船王後の埋葬に伴う墓誌で、現存では日本最古の年紀を持つ墓誌とされている
ただし「官位」の文言等により、実際の製作時期は若干降るとされる
天武天皇朝末年以降の追納か江戸時代に出土したと伝わるが正確な時期・地点は明らかでなく、その後は西林寺(大阪府羽曳野市)に所蔵されていた
寛政8年(1796)成立の『好古小録』にも記述が見え、明治以降には税所篤が一時所蔵した
墓誌は鍛造による薄い短冊型の銅板で、長さ29.7センチメートル・幅6.8センチメートルを測る表裏には各4行計162字の銘文が刻字されている









