黄泉の塔 古代と現代 つなぐ館

大阪府立近つ飛鳥博物館

「黄泉の塔」がそびえる階段状の建物は安藤忠雄の設計

第26回日本芸術大賞他を受賞している

難波かた近い方を近つ飛鳥(羽曳野周辺)

遠い方を遠つ飛鳥と呼んだ(明日香)

聖徳太子墓

1994年に古代の国際交流と国家の形成過程をテーマとして開館した

群集墳である一須賀古墳群が展開する近つ飛鳥風土記の丘に隣接する位置にあります

近隣には敏達・用明・推古・孝徳天皇と聖徳太子など、飛鳥時代の王族たちの陵墓があり、世界遺産を構成する古市古墳群からも遠くありません

また難波と大和を結ぶ古代の官道である竹内街道が近くを通るなど、豊かな歴史に囲まれています

博物館の展示は主に考古学の成果に基づいたものとなっています

考古学のみならず歴史学、地理学など、さまざまな学問分野の共同作業を通して、大阪、河内の古代史研究の成果をわかりやすい展示や講座などの形で提示しています

国指定「金山古墳」

被葬者は明らかでないが、『住吉大社神代記』所引『胆駒神南備山本記』の「白木坂三枝墓」に比定して、厩戸皇子(聖徳太子)の子の三枝王の墓とする説がある

日本の瓦は飛鳥時代からの歴史を持つが、そのほとんどの期間において寺院などの宗教施設か、宮殿、官衙、城などの政治拠点で限定的に使用されてきた

多くの建造物が木造である日本では、建築の遺構を発掘しても建物そのものが出土することは非常にまれで、瓦や礎石などが主な調査対象となっている

こうしたことから古瓦を調査研究することは歴史考古学や建築史の分野で重要な意味を持つと考えられている