右近が 客将として 隠れ住んだ

高山右近ゆかりのお寺「本行寺」

山の寺寺院群は、天正年間(約400年前)に前田利家が能登の國の領主として現在の小丸山城址公園に居城を築いた

奥能登方面からの防御陣地に転用する目的で真宗寺院を除く各宗派寺院29ケ寺を配置したのが始まり

円山梅雪は貿易商人であり、加賀藩は鎖国禁教令下にも関わらず、ひそかにキリスト教文化の導入を図り加賀百万石文化の発展に大きな功績を残したといわれています

前田家の客将として招かれ、その後国外追放となるまで滞在していたとされています

高山右近はここに修道所を設けてキリシタンの信仰を広めたとのことです

高山右近が当時使用したといわれる菓子鉢などが遺されています

キリシタン禁教令下にもかかわらず加賀藩には前田家及び臣下、町衆にも信仰する人が多かったそうです

「ゼウスの塔」は拝見できませんでした

全寿院、と書いてゼウス、と表記されています

円山梅雪が作ったとされる茶室「きく亭」には、右近が細川ガラシャに宛てた直筆の「日本訣別書状」が床の間の掛け軸に掛けられている

体内に十字架が隠されたこの秘仏が本行寺に鎮座しています