兼葭堂 難波の巨人 眠る寺
真田丸御廟「大應寺」
大應寺浄苑「樹木葬」
難波の巨人・木村兼葭堂(江戸時代中期の文人・画家・本草学者・蔵書家・収集家)の墓がある
後藤又兵衛の子孫と言われ、大坂を代表する博学者であった
享和2年(1802年)歿す。享年67歳
餌差町
真言宗「興徳寺」
樹木葬を受け付けています
三宝荒神
お砂「踏み石」
四国八十八カ所霊場のお砂が納められており、踏めばお遍路を回ったことと同じ功徳があります
薬師瑠璃光如来
准低観音「観世音菩薩」
台座の周りには西国三十三カ所観音霊場のお砂が納められており、周りを歩くと西国を回ったと同じ功徳が得られます
准胝は女性名詞であり、女尊として表現される
准胝は五守護女尊やマーリーチー(摩利支天)と同様に、特定の陀羅尼と結びついた女尊である
摂津国第88ケ所第12番
真言宗系では准低観音は「六観音」の一尊に数えられる












