三光社 姫野松原 紀元前
JR玉造駅
大阪メトロの鶴見緑地線「玉造駅」が近くにある
真田山の史跡
三光神社:創立は仁徳天皇から三代後人皇十八代反正天皇の御宇と言い伝えられ創建以後神職として奉仕された武内宿弥の末裔武川氏(八十六代)にして今に至ると言う
当神社は古来より日本全国で唯一の中風除の神として広く知られ毎年恒例の神事として六月一日を祈願の初日と定め七日間往古より今に至るまで変わることなくとり行われ全国各地からの参拝者が絶えない
昔は姫山神社(大昔の姫の松原の遺称)と称したが、全国的には真田山の三光の名称の方がよく知られ今では三光神社となった
「大坂の陣」が2度にわたり繰り広げられた主戦場
豊臣方への「義」のため最後まで闘い、江戸幕府を開いた徳川方の大将・徳川家康の首を狙った武将、真田信繁(幸村)にまつわる土地
大坂冬の陣(1614年)で大坂城近くに築いた出丸(出城)の「真田丸」跡
大坂夏の陣(1615年)で討ち死にした
大阪七福神「寿老人」
社伝によれば、寛文元年(1661)に一旦現在地の西にある円珠庵(鎌八幡)の隣に遷座し、宝永3年(1706)に再び現在地に戻ったという
かつては「姫山神社」と称し、一帯は「姫の松原」と呼ばれていた











