加賀八家 今に伝える 名庭園

松風閣庭園は江戸初期(1616年)に沼地と森の自然を活かした池泉回遊式庭園で、加賀藩の本多家の屋敷から移築された

旧広坂御広式御対面所が、現在の場所地に明治40年(1907)に移築された際に「松風閣」と改称

鈴木大拙館がオープンした平成23年(2011)から一般公開された

兼六園より先に造られた庭園

入口が分かりにくいこともあり、地元の方以外あまり訪問されないようだ

 

沼地だった池泉越しに松風閣を望む

加賀藩の本多家上屋敷に造営された旧広坂御広式御対面所(客人との接待場所)である

延段の先には陶芸工房がある

池泉沿いに苑路が設けられ、当時の趣を感じさせる自然豊かな池泉回遊式庭園

兼六園の著名な「霞ヶ池」より本庭園の「霞ヶ池」のほうが年代を遡ります
 

霞ヶ池には蓬莱島を浮かべ、周辺の大木と本多の森が一体となった豊かな樹林を背景とすることで奥行きと広がりが創出され、静寂で深遠な庭園空間が構成されています
 

十字刻印が刻まれた南坊石は、本庭園近くに住まいがあったとされるキリシタン大名高山右近ゆかりの石とされています
 

この地は、加賀八家(加賀藩重臣の門閥)の筆頭・本多家が屋敷地として拝領した場所

市内では唯一残る加賀八家ゆかりの庭園として貴重です

本多家ゆかりの松風閣や、かつて辰巳用水から霞ヶ池に導水されていた水路の痕跡が、当時の本多家の威光を今に伝えています