求聞持院 大師捨身 請願の地
出釈迦寺本坊
現在の当寺の奥之院である我拝師山山上のお寺は、かつては曼陀羅寺の奥之院であった
1653年巡拝の澄禅のとき麓に寺はなく、屏風を立てたる様の山上に登って少なき平らな所の昔の堂の跡に釈迦如来・石像文殊・弥勒の石像など有りと表現される所に参拝していて、
ここに近年お堂を造立しようとしたが一夜にして吹き崩れ割れた板や瓦が多しという状態であった
その後、麓に宗善(~1690年寂)が寺を建立し、山上が札所であるが麓の寺で納経するようになっていた
そして、大正9年(1920)に札所は麓の寺に移された
2023年、弘法大師生誕1250年を記念して、大正時代に札所と本尊を麓に移したとき造られたとみられる奥の院安置の秘仏・釈迦如来坐像、
地蔵堂安置の宗善のとき造立の弘法大師像が麓の本堂横で初公開され、
あわせて奥の院安置されていた市文化財・不動明王立像も公開され、また、大師堂の弘法大師像の顔が目まで見えるまですだれを引き上げられた
筆の山にかき登りて見つるかな苔の下なる岩の気色を・・・西行法師
出奔をし夫が住みたる四国 目しづれば不思議にちかしき島よ
故大平正芳燈籠











