亀井家の 亀甲石垣 大物感

亀甲積み石垣のある輪島市打越・亀井家

石垣を入ると大きなサルスベリが待ち受け

弘治3年(1557年)、尼子氏の家臣・湯永綱の長男として出雲国八束郡湯之荘(現在の島根県松江市玉湯町)に生まれれた末裔

紀伊国亀井に起こったといわれ、戦国時代に出雲国へ移って尼子氏に仕えるようになり、出雲の豪族湯氏の茲矩が養子

尼子氏の滅亡後は、流浪の身となり能登・畠山にまぎれ輪島に入ったか

流浪時代に織田信長や豊臣秀吉に仕えて因幡国鹿野城主に取り立てられた

江戸時代には石見国津和野藩主家として続いた庶流か

江戸末期から明治の亀井屋敷は、輪島港を眼下に一望できて、当時の「親の湊」を運用する権益を有した一人

尚、輪島市打越は江戸時代の入植ながら、古代ロマンの神代杉が出土した土地柄でもある

能登半島地震の遺産として、亀甲積み石垣は観光資源となりうるものだ

以上は、趣味人倶楽部「雲雀弟子」ブログより

※内容については吟味研究する必要あり

打越の高台にこれだけの屋敷を構え石垣組をした亀井氏は、ただの土豪とは考えにくい

巨木が見守ってきた

見事なサルスベリ

輪島港を見晴るかす

惣領町との境

打越地区は集団移転が決まっています

今回の水害で集落の東側が大崩落しています