闇市が 商店街の 始まり

戦後間もない昭和20年の秋に広まった闇市としてスタートしたのが、 鶴橋商店街の始まり

始発電車で仕入れに来て、大きな荷物を担ぎ、両手にも持ち、電車で帰る風景を学生の頃に見た

近鉄とJR(旧国鉄)が交わる鶴橋は戦前から交通・物流の要衝でした

戦時中の空襲でそれらの鉄道が壊滅的な被害を受けなかったことが鶴橋に闇市として機能した要因です

昭和21年頃にはいくつかの商店街が結成され、現在の商店街の原型が出来始めました

司馬遼太郎の生家

様々な商品を扱うお店が並んでいたことから「鶴橋に行けばなんでも揃う」と言われてきました

仁徳天皇が御幸したといわれる御幸森神社

コリアタウン

大阪朝鮮第四初級学校

昭和21年創立、令和5年廃校

旧御幸森小学校

1924年に開校、2010年代になると地域の児童数減少に伴って生野区西部全体での学校再編構想が持ち上がり、2021年3月に大阪市立中川小学校と統合された

在日韓国・朝鮮人をはじめとした朝鮮半島にルーツを持つ児童が3分の2を占めていた