岩肌に 刻みし観音 如来像

海瀧山 王龍禅寺本尊「十一面観音立像」

奈良時代(710~784)に聖武天皇の勅願により、若草山や東大寺を一望できる高台の山に建立されたことから始まります

本堂前燈籠

四季を通じてお参りさせていただいてます

大和郡山藩主になった本多忠平公(1632~1695)が、黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院として復興・創建し、菩提寺としたことで現在の禅寺の形に整えられました

中国風の建築様式で丸窓を左右対象に配置した形や障子の桟が建物の外側になる形には、黄檗宗の特色が表されています

開山は、梅谷禅師

梅谷禅師は、曹洞禅を学んだ後、黄檗宗第二代木庵禅師に師事し、その法を継ぎました

十一面観音菩薩像には、彫刻された年月が刻まれています

岩肌に複雑な観音像を彫るのは難しく、多くの磨崖仏は悟りを開いた如来であることに加え、年紀が彫られている磨崖仏は数少ない事例となっています

刻まれた年紀は1336年、南北朝時代(1336~1392)が始まった年です

あすか野田園地帯を歩きました

畑にも田んぼにもトンボが群れ飛んでいました