白い苞 一枚残る 水芭蕉

川上川

燧の火山岩に対して、至仏は古生層に属しているそうで、森林限界が低く、そのため灌木帯が広くて、豊富な高山植物を保有している

植木屋が市で売るためにシンパク(ビャクシン)を採りによくやってくるという話もその時聞いた

頂上が近くなって、沢を離れて左の尾根に取り付いたところ、その深い灌木帯に入り込み、藪と戦いながらようやくそれを切り抜け、今度は岩石を攀じ登って、ついに頂上に達した

狩小屋沢の野営地を出てから6時間かかった

噂に聞く尾瀬ヶ原を見下ろしたのも、その時が初めてであった

原一面まるで燃えるような代赭色で、それがずっと向こうの端、ピラミッドの燧の裾まで伸びている

美しい尾瀬の第一印象を至仏の頂上で得たことは、私の幸福であった

空は完全に晴れ、秋の陽のサンサンと降る中に、私たちは1時間半も山頂にいて、周囲の山を数えながら倦きることがなかった

下りは滑りっこい貉沢を採って、待望の湿原に踏み込み、あの広い尾瀬ヶ原を夕方の陽を浴びながらトボトボと横切っていた

そのときの1時間に亙る山旅で、他の登山者には一人も会わぬという、まだ尾瀬の静かな時であった

この日初めて苞が残っている水芭蕉を見た

文章は深田久弥著「日本百名山」より