至仏山 尾瀬ヶ原の 引き立て役

深田久弥「日本百名山・至仏山」

尾瀬沼を引き立てるものが燧岳とすれば、尾瀬ヶ原のそれは至仏山であろう

まだ尾瀬が近年のように繁盛しない戦前の6月、原の一端にある桧枝岐小屋に泊まって、そこから見た至仏山が忘れられない

広漠とした湿原の彼方に遠く白樺の混じった立木が並んで、その上に、悠揚迫らずといった感じで至仏山が立っていた

そしてその山肌の残雪が、小屋の前に散在した池塘に明るい影を落としていた

夕方、近くで摘んできた行者ニンニクを腹いっぱい食べて、戸外の据え風呂に浸かり、素っ裸のまま、長い黄昏を蒼茫と暮れて行く山の姿をいつまでも眺めていた

大らかな感動であった

燧と至仏は尾瀬ヶ原を挟んで相対しているが、前者の威のある直線的な山容に引きかえ、後者は柔らかく曲線を描いて、何となく親しみ易い

もっとも反対側の利根から仰ぐと、頂上の稜線近くはゴツゴツした岩で鎧われている

しかし全体としての円やかな温和な容は、北の平ケ岳から望んでも、南の武尊山から望んでも変わることがない

至仏山は利根川上流を縁取る多くの山々の中の最高峰であって、利根側では岳倉山と呼ばれている

※深田久弥「日本百名山」参照