比類なき 大展望の 燧ケ岳

深田久弥日本百名山記

燧に登った日は快晴に恵まれて、四周の山々を残りなく見渡すことができた

日光の山、会津の山、越後の山、はては赤城の黒桧山の右肩に微かに富士山さえ見えた

山岳展望台として燧岳は無類の位置を占めている

その下山の途中、ナデックボ(雪崩で窪のつまったものか)の雪渓の上で、初めて木暮理太郎さんにお目にかかった思い出である

木暮さんは明治22年まだ少年の時父に伴われて尾瀬を通過されたというから、最も古い尾瀬愛好家の一人であった

長蔵翁あとは、御子息の長英さんが継ぎ、尾瀬のために尽くしている

長英さん夫妻は短歌をよくしつぎのような作がある

この朝も燧の高嶺雪ふりぬ いよいよみ冬に近づきにけり・・・長英

燧岳の祭を客もうべなひて 赤の飯を食すけさの安けさ・・・靖子

尾瀬が日光国立公園に入れられてから、非常に賑わうようになった

尾瀬沼のほとりに真白な水芭蕉の咲き充つ頃が一番のシーズンで、尾瀬のすべての小屋が満員になりそうである

西正面に柴安嵓

故平野長蔵氏が明治22年に奉祠した石祠があり、檜枝岐本村に祭られている燧ヶ岳神社の奥の院となっています

※深田久弥「日本百名山」参照