崎山は 縄文人が 住んだ町

6日朝、崎山町のキリコ

崎山史跡公園

地震で西側が崩落

石川県立能登高校

能登町宇出津港の西岸にせまる海岸段丘「崎山」

遺跡は昭和27年(1952)に行われた九学会連合能登調査先史班の試掘調査により、縄文中期後葉の「宇出津式土器」の標式遺跡となっている

能登町は、崎山で宅地造成の区画整理事業を実施したが、事業に先だち昭和46年(1971)に遺跡の発掘調査を行い、

住居中央に石組みの複式炉を設けた宇出津式期の円形の竪穴住居跡と、

粘土床炉を設けた後期前葉の気屋式期の方形竪穴式住居跡各一棟を検出し、これを緑地公園として地下に保存した

県内最初の史跡公園としての意義は大きい

宇出津式土器は、波状につくった口縁と頸部にめぐらした隆帯上に、貝殻腹縁文または縄文を施すことを特徴とし、

能登半島を中心に西は金沢、東は富山市呉羽丘陵附近までの範囲にひろがっている