大阪市北区兎我野町「円通院」

延命地蔵尊

大石内蔵助良雄実父権内良昭 

大石瀬左衛門信清実父八郎兵衛の

大石良雄14歳の時、父権内良昭(赤穂藩筆頭家老)が大坂で亡くなります( 34歳)

母は岡山池田家の家老池田由成(よしなり)の息女・球麻(くま)

 良昭は大石家の通り名である「内蔵助」を名乗る前に亡くなったので、大石良鉄は孫の良雄を養子としました

内蔵助の父・良昭と瀬左衛門は従兄弟同士

瀬左衛門は原惣右衛門とともに早駕篭に乗り、主君浅野内匠頭切腹の報を、国許赤穂に伝えた

内蔵助の剣の師で、討ち入りのときは、裏門隊に属し、細川家お預けののち、吉田孫四郎の介錯で切腹した