三ノ丸は石川門、河北門の内部の郭を指し、利家が入城した後、 重臣の居邸が建てられたが、その後、これらを城外へ移し、高知番所、 物頭番所が置かれた

高知番所とは、人持組という身分の高い武士が宿直して警備に当った所で、 物頭番所は物頭の役をしたものが宿直して警備に当る時に使用した所

金沢城では、主に「本丸」「二の丸」「三の丸」「新丸」の4つのエリアに分けられており、最も低い位置にある新丸からひとつの門ごとに坂道を上って行きます

大手堀の両端に位置する大手門と黒門から城内に入ると、新丸広場の緑地が広がっています

藩政期の新丸には職人たちの工房だった御細工所(おさいくじょ)がありました

新丸広場には新丸南堀の外郭を再現した湿生園という水辺があり、「三の丸」との境界である河北門へと上って行きます

城鶴の丸

本丸・東ノ丸の真下にある郭のことで、東ノ丸にいた芳春院(利家夫人)が、ここに白い鶴が舞い下りているのを見て、 これは前田家が長く栄えていく瑞祥(めでたい事の兆し、吉兆)であるとして、 この郭を鶴ノ丸と名付けたという

初め、二代藩主利長がここに便殿(休息用の御殿)を 建てて住み、政治を見ていた

また、ここに人質を置く建物があり、慶長19年(1614)及び 翌元和元年の大坂の役の時、出兵中に領民による騒乱を防ぐために加能越三国の一向宗の坊主や百姓・ 町人の主だったものを人質としてここに収容したとも伝えられている

井戸の枠型

鶴の丸には休憩館が設けられ庭園を眺めながらくつろげる場所