佐和口門 石垣白壁 多聞櫓

多くの大老を輩出した譜代大名である井伊氏14代の居城

明治の廃城令による破却を免れ、天守が現存する

天守と附櫓(つけやぐら)及び多聞櫓の2棟が国宝

安土桃山時代から江戸時代の櫓・門など5棟が国の重要文化財

1992年(平成4年)に世界遺産暫定リストに掲載されたものの、近年の世界遺産登録の厳格化により、20年以上推薦が見送られている

佐和口は南の京橋口、西の船町口、北の長橋口とともに中濠に開く4つの門の1つ

表門に通じる入口として、大手の京橋口とともに彦根城の重要な城門の1つ

重要文化財となっている佐和口多聞櫓は、佐和口に向かって左翼に伸びており、その端に二階二重の櫓が建ち、多聞櫓に連接しています

多聞櫓は長屋のような形が特徴的な櫓の一種で、「多聞」の名は戦国武将松永久秀(まつながひさひで)の多聞城(奈良市)で初めて築かれたことに由来すると伝えています

佐和口櫓の内部は7つに区画され、中堀に向って三角形「△」と四角形「□」の狭間(ざま)が交互に配置されています

現存する多聞櫓の右端は切妻屋根で不自然に途切れ、石垣のみの空地が広がります

雪道を玄宮園まで歩いた