天秤櫓 長浜城から 移築する

姫路城とともに遺構をよく遺している城郭で、1992年(平成4年)に日本の世界遺産暫定リストに掲載されたものの、近年の世界遺産登録の厳格化により、20年以上推薦が見送られている

天秤櫓は、大手門と表門からの道が合流する要(かなめ)の位置に築かれた櫓です

この櫓は、上から見ると「コ」の字形をしており、大手門からと表門からの登城道をそれぞれ押さえるために両隅に2階建ての櫓を設け、中央に門が開く構造となっています

あたかも両端に荷物を下げた天秤のようであり、江戸時代から天秤櫓の名があります

よく見ると両隅の2階櫓は棟の方向が異なっており、格子窓の数も左右で違うなど決して左右対称ではありません

このような構造の櫓は他に例がありませんが、均整のとれた美しさに加え、城内の要の城門としての堅固さを感じさせます

大手門と表門からの道が合流する天秤櫓の下は、鐘の丸から天守へと伸びていた尾根を、築城時の縄張りによって大きく断ち切った箇所で「大堀切(おおほりきり)」と言います

大堀切には橋が架かっていますが、この橋がなければ天秤櫓の高い石垣を登らないと本丸へ侵入できません

戦となれば、この櫓が果たす役割は重要でした

井伊家の家譜である『井伊年譜』には、この櫓が長浜城の大手門を移築したものであると記されています

大堀切から天秤櫓を見上げると右手の高石垣が、越前(現在の福井県北部)の石工(いしく)たちが築いたと伝える築城当初の「打ち込みハギ積み」

そして、左手が幕末の嘉永年間に積み替えた切石の「落し積み」です

2024.1.25撮影