信達大苗代にある厩戸王子跡
建仁元年(1201)の後鳥羽院参詣記(『明月記』所収)10月7日条に「先参厩戸王子」との記述があり、籾井王子にて芸能を奉納したのちに参詣し、信達宿厩戸御所にて宿泊している
こんもりとした社叢は海会寺跡
承元4年(1210)の修明門院参詣記(『民経記』所収)4 月23日条にも、当王子に参詣の後、宿所入りしたとある
50年ほど前に大正区から引っ越して来られたご婦人に話を伺いました
明治以降も厩戸王子神社ないし筆王子神社の名で存続し、石禿倉(ほくら)と呼ばれる小石祠が祀られていたが、明治40年(1907)12月9日に一岡神社に合祀され(『史跡名勝天然記念物』、市杵島神社という境内社になっている
本乗山「弘誓寺」
熊野街道東側には行基が開拓した海営宮池(かいごいけ)がある
信達宿本陣跡
紀州徳川家が参勤交代で江戸に向かう際の宿






