己高山鶏足寺の歴史
己高山923mにはかつて広大な山岳寺院が存在していた
鷺の命がけの捕獲、声をかけてもびくとも動かない
己高山縁起によれば、己高山は近江国の鬼門にあたり、古仙練行の秘窟といわれた
東屋で早めの昼食
行基が寺を設け、泰澄が行門を建立
その後、最澄が麓の高尾寺で修業中に白山神の託宣を受けて寺院を再興し、十一面観音の仏頭に胴部を補作して本尊にしたという
山上に広がった大伽藍の鶏足寺、法華寺、石道寺、満願寺、安楽寺、松尾寺、円満寺を結束して「惣山七箇寺」と名付けたり、菅山寺、竹生島、大吉寺と合わせて「北四箇寺」と号するなど、己高山周辺の寺院と連携して年中行事を執り行っていたことが記されている
中世の己高山には、十一面観音を本尊とした山岳寺院が、南都仏教・白山信仰・天台宗の影響を受けて成立したと考えられている
鶏足寺は己高山周辺寺院の中心的な存在として隆盛を極め、一大仏教文化圏が形成されていた
木之本駅前
地蔵坂
轡の杜
羽柴秀吉が木之本に駆けつけた時に馬が疲れて死んだのを憐れみ埋葬し、愛用の鞭を挿しておいた
それが芽を出して大木に成長したと言われている











