一般的に峰(ピーク)ではなく岩とされ、八神峰には含まない
雷岩気象衛星の発達や、長野レーダー・静岡レーダーの設置などにより、富士山でのレーダー観測は必要性を失った為、1999年に、レーダー観測が廃止された
さらに観測装置が発達したことにより、現地での人手による観測の必要性は失われ、2004年に自動観測装置が設置され無人施設となり、気象観測(気温、気圧、日照時間=夏季のみ)を継続して行っている
ただし、それまで行われていた風向き・風速の観測については、観測装置のメンテナンスが困難なため廃止され、富士山頂の風向・風速は放送されなくなった
ケルン
廃止された気象レーダードームは、富士吉田市の富士山レーダードーム館に展示されることとなった
測候所の施設自体は、研究者の組織である「富士山高所科学研究会」が中心となって設立したNPO法人「富士山測候所を活用する会」が、夏季期間に借用し、2007年から様々な研究活動を行っている
年間予算は約4000万円で、電源や施設の補修費は会の負担で、観測対象は大気中の二酸化炭素濃度、中国などからも偏西風に乗って飛来する水銀等の大気汚染物質、東京電力福島第一原子力発電所事故により飛散した放射性物質と幅広い 
雷の発生や落雷を間近で観測できる利点もあるほか、高所医学の研究、大気中の水蒸気から飲用水を作る技術の実験などにも使われている
第二火口「小内院」
厳しい環境下での建設作業や観測、太平洋戦争中の米軍機により都市部への空襲、測候所への機銃掃射(1945年7月10日)、大日本帝国陸軍による高地炊飯実験、イノシシの出現、英国海外航空機空中分解事故(1966年)目撃談など貴重な記録が含まれる
1985年には抜粋『カンテラ日記 富士山測候所の50年』(筑摩書房)として出版されている
無人化に伴い東京管区気象台に移管され、2012年には44冊の存在が確認されていた
同気象台は、2018年3月の『毎日新聞』による情報公開請求に対して「不存在」「職員が私的に記したもので公文書にはあたらず、保管義務はない」と回答した
同年8月には行政文書には該当しないため、2017年11月以降に「文書整理の一環」として廃棄したことを明らかにした









