かしこみて等乃伎の杜の鳥語きく・・・十七音詩の会

延喜式神名帳に記されている古い歴史がある等乃伎神社【天宝4年(752)】の創建

御祭神:天児屋根命・大歳大神・壺大神・菅原道真・誉田別命

古事記・続日本記には殿来連(とのきむらし)という氏族が居住していたことが記録される

仁徳天皇の時代に「兎寸河」(とのきかわ)の西に1本の巨大な樹があり、朝日を享けると影が淡路島に達し、夕陽を享けると高安山を越えるほどであった

この巨木から船を造ったところ、速度が速く「枯野」(からぬ)と名が付けられ、淡路島より天皇が使われる水を運んだという伝説があります

現在の社殿は天保の上棟

明治42年、富木・綾井・大園・土生・新家の氏神様が合祀されました

天御中主神

目閉づれば虹濃くてある道祖の森・・・十七音詩の会

先史時代から樹霊信仰があった

高安山から登る夏至の朝日を祭る弥生時代の農耕民族の祭祀場であった

太陽信仰の聖地であった

古代の祭祀を司る中臣氏の一族・殿来連の竹田亮が祖神・天児屋命を奉祀

太政大臣・藤原武智麻呂、その子・大納言恵美押勝(藤原仲麻呂)がこの里に来住してと伝えられています

古事記下巻「仁徳天皇」に、此は志都歌の歌ひ返しなり、この天皇(仁徳)の御年83歳。御陵は毛受(もず)の耳原に在り