関西花の寺二十五カ所霊場第15番

仏塔古寺十八尊霊場第4番

神仏霊場京都四十九番

天平元年(729)聖武天皇勅願、行基による開創(阿弥陀堂を建立)

806年弘法大師と姉の子・智泉大徳が伝法灌頂を修し、報恩院建立

813年嵯峨天皇が皇孫誕生祈願をし皇子(仁明天皇)が誕生、皇后の橘嘉智子が堂塔伽藍を整備し寺号を岩船寺と改める

最盛期には東西16町、南北16町、39坊を有した

1221年承久の乱の兵火で堂塔の大半を焼失

再建後も再び兵火で失う

江戸時代初期寛永の頃、荒廃ぶりを嘆いた文了律師が勧進を行い、徳川家康、秀忠らの寄進により本堂・仏像等の修復をする

物の荒廃は必ず人に由る

鎌倉から江戸末期まで南都興福寺一乗院の末寺であったが、明治14年真言律宗西大寺の末寺となる

境内の池に咲く菖蒲

任明天皇が智泉大徳の遺徳を偲んで宝塔を建立したと伝える

現在の塔は1442年の建立

本堂

本尊の阿弥陀如来像はケヤキの1本造り像高3m行基作と伝える

黄菖蒲

紫陽花はこれから

本堂

瑞々しい青葉