米原市からのアクセスは、榑ケ畑(くれがはた)・谷山谷・柏原・河内の4本

多賀町からは今畑ルートがあり、5ルート

東屋

地図には無い落合ルート(通行不能)

林道分岐

榑ケ畑集落

昭和35年41軒(人口209人)

明治5年には51軒(人口245人)

元禄8年人口369人(推定75軒)

谷沿いに旧道があり荷車が通っていた

八坂神社、光顕寺、緑苔寺があった

神社の傍に集会所と醒ヶ井小学校分校があったが昭和18年廃校となっている

林業や炭焼きを生業とし、自給用の田畑を耕していた

田んぼは現在の養鱒場迄広がっていた

天皇の一行がこの地を訪れた際、従者が住み着いたのが集落の起こりだという

山小屋「かなや」(営業はしていなかった)

集落跡は植林され鬱蒼としており、谷沿いの両側に苔むした石垣が残る

積雪は2~3mあり、昭和56年の豪雪では家が閉じ込められたという