烏土塚古墳後円墳頂部・直径32m

墳丘に葺石はなく、裾には幅2~3m、深さ1.5mの区画溝が掘られていた

信貴ケ丘住宅、遠く多武峰

椿井城がある矢田丘陵南部稜線

東信貴ケ丘住宅地から南・大峯山系方面

玄室・石室図

南側に開口した両袖式の横穴式石室

中に入れないよう柵に鍵がかけられている

石室幅に比べて高さのある構造

鉄柵の間から撮影

玄室内には、二上山産の白色凝灰岩製の家形石棺が置かれていた

羨道部にも同形式の石棺底石が検出されている

盗掘を受けていたが、四獣鏡、金銅装太刀、金銅装馬具、玉類、須恵器、土師器などが出土されている

羨門付近では巫女形埴輪や子持器台が出土し、横穴式石室の墓前祭祀を考えるうえでも貴重

羨道部は天井石を欠くが長さ8.2m、幅2.1m、ほぼ中央から墓城外へ約66cmの暗渠式排水溝が設けられ、石舞台古墳に匹敵する巨石古墳に数えられる