日本書紀の記述や土地の古老の言い伝え

「神武天皇が孔舎衛の戦いに敗れて恩智にある天王の森の大きな木に隠れて命拾いした」

恩智峠

この話は恩智の人たちが代々親から伝え聞いているとされる(口伝が本当の神話です)

高安山への階段

2600年以上前、国道旧170号線まで海だった。恩智の天王の森は南北に広い浮島で森に大樹がたくさんあった

恩智峠

Y家の先祖たちが神武天皇が逃げて来た時、天王の森に逃がし助けた

大阪の眺望

当寺恩智に住んで丸木舟を持っていた家が、Y家を含め10軒ほどあった

天川山への稜線

この10軒ほどが丸木舟を持ち寄って、いくつかの丸木舟をつないで橋のようなものを作り、天王の森への島へ神武天皇を逃した

桜並木

これにより舟戸大神を祀り、舟戸神社が恩智神社と天川山感応院との間に鎮座している

Y家を含む10軒ほどが2600年経った現在も、舟戸講を続け参拝している

落石現場

本年も1月16日に舟戸講のメンバーが舟戸神社に集まり、恩智神社の宮司に来てもらって参拝している(何年かは不明)

Y家を含む10軒ほどの舟戸講の先祖が2600年以上も前に、神武天皇を助けたとの話が大昔から口伝えされ、今も舟戸神社への参拝が続けられていることを知り、私はびっくり仰天しました

峠から恩智への道

何ヶ所かに落石がありました

80歳を越えたであろう神戸からの女性が信貴山詣り(宿坊で泊るとのこと)に向かわれました

神武天皇の記述は「日本書記、住吉大社神代記の恩智・母木村について」より