鎖(じょう)あけて 月さし入れよ 浮御堂・・・芭蕉
元禄4年の中秋の名月の翌日、十六夜にお月見をされ詠まれた句
比叡山横川恵心院に住した源信(恵心僧都)が山上より眺め湖中に一宇を建立
自ら一千体の阿弥陀仏を刻んで「千仏閣」「千体仏像」と称し、湖上通船の安全と衆生済度を発願したに始まる
源信は「往生要集」を著し真宗伝灯第六祖と仰がれている
堅田は建武の始めより度々戦場となり漸次荒廃に帰したが、徳川時代に復興された
昭和9年までの浮御堂は桜町天皇より能舞台の下賜を仰いで建立されたものである
観音堂の聖観音坐像は約900年前平安時代の尊像で重要文化財
現在の浮御堂は、昭和12年の再建で「阿弥陀仏一千体」を安置して「千体仏」と称している
平安時代の信仰「多数功徳作善信仰」を今に伝えている
板橋を渡りて月の客来たる・・・太田大兄・父生前作
一体よりも二体、三体と数多く仏像を作ることに功徳ありと考えた









