楽浪(さざなみ)の志賀の辛崎(からさき)幸(さき)くあれど大宮人の船待ちかねつ・・・柿本人麻呂
解釈:ささなみの志賀の唐崎は昔と変わらずにあるけれど
大宮人の遊ぶ船はいくら待っても、もう見ることは出来ません
政権が変わるると、前政権を否定し跡形を消してしまうものである
近江の荒れたる都を過ぎる「時」に添えられた反歌
柿本人麻呂が壬申の乱により荒廃した近江京の跡を訪ねた時に詠んだ歌
唐崎は、その名前「からさき」に「さきく」、つまり幸いであることが込められていたのに儚かったと嘆かれている
唐崎港は築大津京のため信州等より材木を大量に運ぶ玄関となる
前を通る北国街道は、秀吉が兵隊や兵糧を大量に運ぶため、大津より敦賀への大道(道幅2.7m)を造る
壷笠山
朝倉・浅井連合軍は、織田方の宇佐山城・森可成と対峙するために壷笠山に城を築いた
KKRびわこマリーナ
三ツ星ホテル「KKR」
四ツ谷浜
ヨットの先に近江富士











