平群の中心に位置する「平群神社」

延喜式内大社で御祭神は大山祇神・天照大神

古代豪族平群氏の祖神を祀っていたとも考えられ、10数段の石段を登ると、割拝殿の前に江戸時代に献納された狛犬や石灯籠が並ぶ

平群氏の祖・武内宿禰が神功皇后と共に朝鮮出兵の際、戦勝を祈願しこの地に祀ったと伝う

のち五穀豊穣と武運長久、家内安全の守護神として信仰を集める

延喜式神名帳に「平群神社五座(並大・月並・新嘗)」とあり、神宮寺としても麗華山西宮密寺があった古い社格の神社である

祭神の五座の詳細は分からず

社格の並大は1社に2神以上ある大社

月並祭(月次祭):古くは毎月行われていたが、延喜式では6月と12月に行う

新嘗祭:収穫された新穀を天神地祇に供え、収穫に感謝する儀式

日本書紀に皇極天皇元年(642)11月16日に新嘗祭の記述がある

平群氏:古代在地豪族の一つ。軍事士族として国政に携わる。葛城氏没後大臣を歴任し興隆を極めるが専横を極めたため武烈天皇の命を受けた大伴金村により誅殺された

その後、しばらく日本書記から姿を消すが用明天皇2年(587)物部氏討伐将軍として朝臣姓を賜る

奈良時代に広成などの官人を輩出したが、その後は没落した