R・H先生から10月下旬、鹿児島県の甑島に行って来たと写真が届きました
後輩に甑島出身者が2人(うち1人は在住)おり、一度訪ねてみたいと思っていました
鹿児島県川内市の沖合にあり、有人島の上甑島・中甑島・下甑島と多数の無人島からなる
甑島の由来は、中甑島北部にある「甑」(蒸籠)の形をした大岩を甑大明神として崇拝したことによる
甑島列島の長さは38km、幅は10kmでかっての山脈の頂上部が海上に残った
リアス式海岸で起伏に富んだ地形で、その隔絶性から歴史と民族の宝庫と言われている
最高標高地点は、下甑島の尾岳604m、上甑島の遠目木山423m、中甑島の木の口山294m
尾岳の尾根には大陸間弾道弾も追尾可能な管制レーダーが設置されている
8000万年前の白亜紀の地層が残り、国内では初めてケラトプスの化石が発見されている
縄文遺跡・弥生遺跡が残る
神功皇后の三韓征伐、平家の落人伝説が残っている
奈良時代には薩摩隼人族の一根拠地(甑島隼人)と推測されている
平安時代の「続日本記」には、遣唐使船が停泊したと記される
鎌倉時代、承久の乱の軍功により小川秀能が甑島を賜り以後13代にわたり統治した
亀城・鶴城が残る
江戸時代には島津藩の直轄地となり、下甑島の金山海岸で金・銀・銅の採掘がおこなわれ、南蛮貿易の中継基地であった
上甑島・牟礼山~遠目木山縦走、下甑島・尾岳に遠征登山したいと思う
森進一のお母さんの出身地・下甑町手打に「おふくろさん」の歌碑が建っています














