日下村小字池之端にある村社「春日神社」

御祭神は天児屋根命・経主主命・比売命・武甕櫃命の四神を奉祀

正徳3年(1713)池之端が戸数次第に増加し繁栄するにつれ信仰厚き村民が村独自の氏神を勧請し村の興隆を図るべく大阪奉行に願い出て建立

享保年代かの名君の名高き吉宗公のとき、享保銘を刻む燈籠が奉納され数基現在も残る

かくして村民の崇敬の念愈々厚くして平和に繁栄隆盛を極めたるも時代の変遷と共に明治新政府は神社の一大統合政策を断行した

明治5年6月遂に春日神社は廃絶の憂いき目を見るに至る

しかし後に村民の切なる願いにより復社の請願書を提出、堺県知事により復社許可

以来氏子代々よくこれを受け継ぎ神社を守り浄財を投じ修復をなし郷土発展を願い後世に伝えんとするものなり

天児屋根命(あめのこやねのみこと):神皇産霊神の子。天照大神の出現を祈請した神で子孫は神武東征に従い当地方に足跡を残す。代々朝廷の祭祀を司り中臣氏の祖神である。中臣氏は藤原氏のことである。春日神社は藤原氏を祀る総社であり一番因縁が深い経主主命・比売命・武甕櫃命

経主主命(ふつぬしみこと):磐筒男神と磐筒女神の子で天孫降臨のとき武甕槌命と互いに協力して出雲地方へ先行して平定に実力を発揮する。特に大国主命を諭し国土平定に成功する

比売命(ひめのみこと):女神一般を指す。彦神の妻

武甕槌命(たけみかづちのみこと):天尾羽張命(あまのはばりのみこと)の子で武勇神として尊崇を集めている

常陸の国旧官幣大社香島神宮に祀られている

大きなお屋敷が残っています