江戸時代には代々作兵衛を名乗り日下村庄屋をつとめた旧家です

寛政10年(1798)、日下村に隠棲していた上田秋声は第15代当主・常之親交をもちました

第19代当主雄次郎は教育に情熱を傾け、明治5年(1872)の学制に基づき小学校設立に私財を投じて尽力した

雄次郎の娘ナミが富田林の旧家杉山家に嫁いで誕生した娘・タカは、明星派の歌人・石上露子として活躍している

主屋西側に付随して建てられた数寄屋風書院造りの棲鶴楼は、大阪西町奉行・曽我丹波守古祐(ひさすけ)が隠居するために造らせた

雨月物語の作者である上田秋声や唯心尼、森公道・祖盈など近郷文人が集まる文芸サロンとなっていた

裏庭&蔵

炊事場&竈

現在の建物は天保6年(1835)の改築

北側には長大な土蔵を配している

飛ばしている名所が結構あります

大黒柱・庭大黒柱など建築当時の材が数本残る