8月12日、金蔵にある菩提寺見敬山(けんぎょうざん)「慶願寺」で父の初盆供養を行った

祠堂経志を治め父の供養と、寺の繁栄を祈りました

真宗大谷派で、もともとは南志見の東印内にあったが、金蔵村内の我児坂(がこざか)、九ノ田、池の坊と移って、金蔵真言七ケ寺の一つ「池の坊」と呼ばれていた

開基の慶順(きょうじゅん)は富樫正親の子孫であると伝えられ、文明5年(1473)本願寺8世蓮如上人に帰依して浄土真宗に改宗し、加賀国宮越村仰西寺(こうさいじ)の触下となっている

大永7年(1527)の兵火で寺院が全焼したため古い記録は残されていない

見敬山慶願寺という寺号は、永禄10年(1567)第5代住職西了が本願寺11世顕如法主より賜ったもの

19石8升という金蔵最高の高持(たかもち)寺院として現在に至っている

御堂は、寛文10年(1670)から3年がかりで造られたもので、大きさは8間に7間5尺1寸あり、棟梁は二又源善という工匠である

内陣や堂内の組み物、翌年できた向拝(ごはい)の木鼻、獏頭などはすべて所口(現在の七尾市)の名工によって作られたと伝えられている

本堂切妻破風の飾竜は作者不明であるが、その手法から柳田村石井の名工万松の作であろうといわれている

山門は建立年代や工匠などは分からないが御堂より以前に造られたもので古いものと考えられる

まず御堂にお参りしてから静かな境内を散策した

慶願寺古木群は輪島市指定文化財