60年前ここで遭難死した浦和高校定時制生徒・原口国秋君遭難碑

当時の伊那毎日新聞によると、3月28日友人3人と入山、29日仙丈ケ岳に登りテント泊

30日朝友人3人は下山したが、原口君は一人残り、リュックサック、アイゼンなどを長衛小屋に残して単身で東駒ケ岳に向かったまま消息を絶った

4月3日、原口君の勤務先の毎日新聞本社からかけつけたリーダーだった接待建一さん(31歳)ら2人に連絡、長衛小屋小屋の経営者竹沢長衛さんらが高遠署で打ち合わせを行っている

天候の回復を待って4日、毎日新聞の7人と浦和高校山岳会のOB5人、長野県山岳遭難救助隊員数人が加わり捜索隊を編成

竹沢長衛さんの話によると、原口さんは29日まで小屋近くにテントを張っていたが、リーダーの接待さんら3人が下山したあと1人残って30日朝、長衛小屋に荷物を置いて東駒ケ岳に向かったまま帰らないので届け出た

29,30日は降雪で南アは積雪量が多く朝から山が荒れていたため道に迷ったのではないかと思うと話している

遭難した場所などは分かりません

存命だったら今年80歳です

いつも一緒、生涯の山友になるでしょう

明日登る甲斐駒ケ岳

駒津峰

灌木帯で休憩