磐船神社

日本書紀・古事記によると、天照大神の御孫神・饒速日命は天照に命じられ高天原より天の磐船に乗って河内国河上哮ケ峰に降臨された

天空より国土を望まれて「虚空見つ日本國」と言われたことが「やまと」という国号の始まりとされています

大和・河内を開発され建国の礎を築かれ、人々から天津神と崇敬された神様です

子孫は物部氏と呼ばれ古代大和朝廷における氏族を形成し大連として代々の天皇に仕えました

創祀年代は、神道最古の信仰形体から、縄文から弥生への過渡期まで遡ると考えられています

その後、物部氏を中心として祭祀が行われていましたが、物部氏の滅亡後、山岳宗教や生駒山系の修験道の一大行場として変貌した

境内には四社明神の石仏や不動明王像が祀られ、弘法大師の作とされる磐船和讃が伝承されている

今でも神仏習合を色濃く残しており、例大祭では護摩壇を設けて大火焚祭が行われています

168号線を私市CCへ向かう

西谷監督と同じ組でプレーしたことがあります

山耀会M氏も一緒でした

クラブハウスの横にハイキングコースが設けられています