あふみの海 磯うつ波のいくたびか
御世にこころを くだきぬるかな
仏道をならうというのは、自己をならうなり
自己をならうというは、自己をわするるなり
自己をわすれるというは、万法に証せらるるなり
彦根藩井伊家菩提所「祥壽山清凉寺」で、井伊直弼は13歳から清凉寺で参禅、21世道鳴和尚に禅と学問の手ほどきを受け、後住の師虔和尚には17歳から27歳までの青年期をしっかり鍛えられ、自分の住居の埋れ木舎にも座禅の間をもうけて、心身の修養につとめた
23世仙英和尚は高僧で、大老の参禅は、この和尚により仕上げられ、開国の偉業を果たし日本の進路を誤らなかった豪快の肚は、参禅によってつくられた
黒船来航、安政の大獄の政局の中で、万一のときの死を覚悟し、戒名「祥壽院殿清涼泰安大居士」と肖像画、冒頭の辞世の句を清凉寺に納めている
御本尊は釈迦牟尼仏。樹齢500年の「タブノキ」、紅梅の古木が直弼の菩提を弔い続けている
1815-1860 44歳の生涯
