あれこそ聞こえ候ふ竹生島にて候へ・・・平家物語「竹生島詣」より

「神を斎(いつ)く島」に由来します。竹生島の感じは、島の形が楽器の「笙」に似ているところからという説があります

元亀3年(1572)、信長は光秀らに命じて竹生島を湖上から攻撃した

竹生島は琵琶湖の守り神である弁財天の聖地

その前身は浅井軍を司る浅井姫の聖地だったらしい

この浅井姫が、仏教伝来とともに水の神である弁才天と合体し、竹生島弁才天となったらしい

長政は、浅井姫である弁才天を己の守り神として、篤く敬っていた

この時に攻撃したのは、長政を守る浅井姫だ

小谷城から竹生島はよく見える。信長に攻められる浅井姫を見て長政は孤立感を強めるに違いない。これが目的だ

信長は、浅井姫と竹生島弁才天は別の神として認識していた

信長は琵琶湖を掌握するため竹生島弁才天を味方につける必要があった

祈りの階段165段

天正9年(1581)、信長は僅かの小姓を従え安土城を出、長浜城に入り、船で竹生島に渡った

信長は、弁才天像を勧請し、直ちに長浜に渡海し、安土に帰った

神はその日のうちにお迎えしなければならない。そして城内に弁才天を安置した

巳月館

安土城の神殿に琵琶湖の神をお迎えし、加護を得、琵琶湖を手中に収め高揚したことであろう

その時、安土城の女中どもがその日のうちに信長が帰ることは無いだろうと、桑実寺に遊山に行ったのを知り逆上して殺してしまう

信長にはよほどの思い入れがあったようだ