見えない世界に目を注ぐことを、仏教では「観」という。観を説く難しさは身にしみていた。みすゞの詩に出会った時、何十年かけても説けなかった世界をみすゞさんは、誰にもわかるやさしい言葉で、さらりとうたいあげていました・・・曹洞宗酒井大岳

<日の光>

おてんと様のお使ひが

揃つて空をたちました

みちで出逢つたみなみ風

(何しに、どこへ。)とききました

一人は答えていひました

(この「明るさ」を地に撒くの、みんながお仕事できるやう)

一人はさもさも嬉しさう

(私はお花を咲かせるの、世界を楽しくするために。)

一人はやさしく、おとなしく、

(私は清いたましひの、のぼる反り橋かけるのよ。)

残った一人はさみしさう

(私は「影」をつくるため、やつはり一しよにまゐります

<露>

誰にもいはずにおきませう

朝のお庭のすみつこで

花がほろりと泣いたこと

もしも噂がひろがつて

蜂のお耳へはいつたら

わるいことでもしたやうに

蜜をかえしに行くでせう

自作全集の巻末に

明日よりは、何を書かうぞ

さみしさよ

この世のすべてのものに対する、こまやかすぎるほどのやさしい気づかい。敏感すぎるみずみずしい心

娘だけが心の支えだつた。昭和5年離婚。娘を手元におきたかったが、夫は強引に引き取るといった。連れ戻しに来る日は3月10日

9日、写真館で写真を撮り、遺書を書き、3冊の自作全集を弟に残し、別れる娘と一緒に風呂に入り、童謡を歌い明るく過ごしたという

可愛い盛りの娘を残し26歳の若さで服毒自殺

遺書には「今夜の月のように私の心も静かです」とあった