6月1日、公家が大挙して本能寺の信長を訪問、兼見は不参
家康の堺行には、案内者として長谷川竹と秀吉がつけた杉原家次が随行
家康、今井宗久の屋敷にて茶湯朝会
昼は、津田宗及の茶会
夜は松井有閑邸で酒宴
家康、茶屋四郎次郎を京へ先発させる
光秀、夕刻に亀山城を出立する
(3編成:老ノ坂・唐櫃越・明智越で京を目指す)
6月2日、光秀、早暁に本能寺を急襲し信長を討ち、二条御所に信忠を討つ
信長、家康討ちの計画が自らの死を招いたことを知る?
家康、茶屋四郎次郎から本能寺の変を知らされる。伊賀越えで脱出を図る
杉原家次、堺を発って備中高松の秀吉に注進
家康が信忠につけた水野忠重、二条御所を脱出して身を隠す
彌助、本能寺を逃れ二条御所で奮戦の後、投降して南蛮寺へ
順慶、本能寺へ向かう途中に偽情報を受け大和へ帰る
細川忠興、信長の上洛命令を無視して丹後宮津に留まる
光秀、安土城に向かうが、山岡氏に瀬田橋を破壊され果たせず
光秀、夕刻坂本城に戻り、諸方に協力要請の書状を送る
光秀、美濃野口城主・西尾光教に、味方となり、大垣城を攻め取るよう指令する




