大本山「法華宗大本山本能寺」

贈正一位織田信長公廟所

武家で正一位は徳川家康

正を立て国を安んず

上空には青空が広がっていました

寺町通りには虫籠窓あるの古い建物が見られた

寺町通りの名は、秀吉の都市計画により洛中の寺院が集められたことに由来する

本能寺の変の前日6月1日の夜、信長は夜遅くまで本因坊の囲碁を観戦していたという

寂光院の塔頭「本因坊」に住まいしていた僧侶の日海、信長・秀吉の時代から囲碁の名人として名高く、江戸幕府が開かれると、家康の命によって寺を弟子に譲り、本因坊算砂と改名して幕府の碁所を任された

算砂は江戸に屋敷を拝領した後も、寺町の本因坊を本居として、春に江戸に入り、年末に京に戻る暮らしをしていた

以降、本因坊の名は世襲で受け継がれたが、21世紀の秀哉は、真の実力者が本因坊を名乗るべきとして、その名跡を日本棋院に譲り渡しました

招き猫、通りの商店で凛々しくお客様をお待ちしていました