富山城(別名:安住城・浮城)

室町時代越中の守護は三管領の畠山氏で、東部を椎名氏、西部を神保氏を守護代として治めさせていた

天文12年(1543)、神保長職(じんぼうながもと)が築城

神保氏と椎名氏が対立、神保氏は椎名氏を支援する上杉謙信に攻撃され城に火をかけ逃亡するが上杉氏に降伏

天正10年(1582)、神保氏は失脚、佐々成政が城主となり富山城の大改修を行う

本能寺の変後、成政は秀吉と対立

秀吉の10万の大軍に囲まれ降伏、富山城は破却される

関ケ原で東軍に着いた前田利長(利家から家督を継いでいた)は富山城を再建

見たかったが時間がありませんでした(>_<)

万治4年(1661)、本格的に修復し、城下町を整備し、明治維新まで越中前田氏13台の居城となった

安政5年(1858)、飛越地震で本丸、二の丸、三の丸が破損、石垣が崩れる被害が発生

太鼓橋

明治4年(1871)、廃藩置県により廃城

富山市役所

昭和29年(1954)4月3日、模擬天守が完成し、通称「富山城」と呼ばれるようになった

上部は展望塔になっている

富山市役所展望塔

夕方、立山連峰の展望を見に昇った

昼に昇っていたら、きっと奇麗な立山連峰が見れたことでしょう