秋の暮れ丹波の町に映ゆる城・・・幸山

16:01分、福知山城

明治の廃城後、昭和61年に竣工・再建された

鉄筋コンクリート造三層四階建(20.2m)

天守へ通じる石垣

隅角部は長方体の長辺と短辺を交互に積み重ねた算木積み

自然石を利用した野面積み

最も古い段階の石垣は光秀期に遡ると推定され、古い部分ほど転用石の割合が多い

石塔類を徴発したという伝承も多く残り、約500個が確認されている

天高し四方見渡す天主閣・・・笑美子

横に投稿箱が設けられてありました

福知山城天主閣復元鯱瓦(高さ150cm、横45cm)

M&Hさん

豊磐井(とよいわのい)

深さ50mで井戸底は由良川の川床より深く、海面下7mに達している

福知山は光秀が丹波攻略を果たすまでは横山であったが、光秀により福知山と改められた

文亀~永正年間(1501~1521)は、塩見(横山)氏が、天田郡に移住し勢力を拡大し、大膳太夫勝頼の子・頼氏が、曽我井の地に横山城を築造した

永禄8年(1565)、黒井城主赤井直正が横山城の塩見氏を滅ぼす

天正6年(1578)、赤井直正病死

翌年、光秀により黒井城、鬼ケ城は落城する