西に入る月を誘い法をへて今日ぞ火宅を逃れけるかな・・・春日局辞世の句

興禅寺(斎藤利三屋敷跡)

 

光秀が制圧後、家臣の斎藤利三に居住していた跡に創建された

この辺りに9つの寺が建ち並び寺町と呼ばれていたが現在は3寺

斎藤利三は美濃国の名族斎藤氏の一族

妻は稲葉一鉄の娘・安

お福は母方の実家・稲葉家に引き取られ、成人するまで美濃の清水城で過ごした

利三は光秀と共に本能寺の変で信長を討つが、山崎の戦で敗戦し近江堅田で秀吉に捕らえられ処刑される

お福の産湯として使われた井戸

母方の親戚にあたる三条西公国の養育され、書道、華道、香道などの教養を身に着けた

その後、伯父の稲葉重通の養女となり、稲葉氏の縁者で小早川秀秋の家臣・稲葉正成の後妻となる

稲葉正成は主君・秀秋を説得して小早川軍を東軍に寝返らせ、徳川家康を勝利に導いた功労者

お福は将軍家の乳母に上がるため、夫の正成と離婚、2代将軍秀忠の嫡子・竹千代の乳母に任命される

お江の伯父・信長を討った利三の娘であり因縁を感じさせられる

江戸城大奥の礎を築き、寛永6年に「春日局」が下賜される

寛永20年9月14日死去(享年64歳)

七間掘りと高石垣