8月30日7:50分、大阪駅桜橋口

ヒルトンホテル&ヒルトンプラザーウエスト

青空が広がっていますが暑くなりそうです

コロナ感染拡大により、三密を避け4人で車で現地入り(M・T氏が車を出してくださいました)

8:32分、八上春日神社前の駐車場

城史、史跡遺構ともにわが国有数の戦国山城として知られる八上城登山口となる春日神社(大手門口)

八上城は丹波富士と称される高城山462mに築かれた八上城を本城として、奥谷の城下を挟んで法光寺山の法光寺城を支城とする東西3kmに及ぶ大規模な中世山城です

北麓は古山陰道が東西に通じ、15世紀前半代郡奉行の在庁する守護所が置かれるなど、多紀郡の中心地であった

丹波に下向した波多野氏は、はじめ奥谷城を構え、勢力を拡大するとともに篠山盆地を見下ろす高城山山上に新たに城を構えた

細川両家記などによれば、大永6年(1526)に「矢上城」とあり、この頃には築城されていたようだ

当時、波多野氏は元清が弟・柳本賢治とともに管領細川高国に謀反を翻した時期にあたり、元清は高国の軍勢を堅固に築き上げた八上城で迎撃した

以後、八上城は波多野氏の本城として、三好長慶との10年近い攻防、信長の命を受けた光秀の丹波攻めなどの戦いで改修を重ねられ、今に残る形となった

本城である八上城跡の遺構群は、山上の主郭部、東北尾根筋の曲輪群、そして奥谷城の三区画に分けられる

その規模は東西800m、南北400mのに及び、丹波随一の戦国大名波多野氏にふさわしい戦国山城です